冬も濃い二月半ば、館内で女の子特有の甲高い声があるスペースから聞こえてきた。其の声をリビングで聞いていた男性陣は、どこか困ったような顔で其の空間に視線を移すが、彼らの言葉が女の子達に聞こえる事はない。



「………」



無意味にリビングを歩き回るアスラン・ザラにソファに座って其れを何とはなしに見ていたキラ・ヤマトは呆れたように溜息を吐いた。アカデミー時代は常に成績トップの優等生が、実の妹のこととなると人が変わったように変人ぶりを発揮するなんて誰も知らないに決まっている。自分だって彼の幼馴染ではなかったら想像も出来なかった。



「……アスラン」

「………」

「落ち着いて座ったら?」



眉間に皺を寄せて、グルグルとテーブルの周りを歩き回る過保護すぎる彼にたまりかねてキラが言うと、アスランは初めてキラの存在に気づいたように目を丸くした。やや挙動不審のまま、キラの正面のソファに腰を下ろし、不安そうな表情のまま膝に肘を乗せ、組んだ手に額を当てた。



「………あぁ、……」

「………ラクスもいるからそんなに心配しないでも……」



どれだけ過保護なんだと呆れながら一応宥めるが、アスランは何処に安心材料があるとでも言いたげに荒んだ視線を上げた。其の顔にキラは隠れて溜息を吐く。
確かに彼が過保護になるのは分かる気がする。天使と称してもおかしくない、まるで天使のような彼の妹は純粋培養で其の笑顔はさながら太陽のようだ。其の声は澄んだハープのようで、人類の総てを虜にする。そんな妹だから可愛がってしまうのはしょうがないのだろうけれど。



「そうだぞ、今時の女の子は進んでるからな」

「料理くらい出来なきゃ困るだろ」



カラカラと笑ってバルトフェルドとムゥが言うが、アスランはそちらに視線を向けただけでフッと溜息を吐き出した。其の視線からは哀れみしか見て取れない。



「「(え、俺たち何でこんな馬鹿にされてんの!?)」」

「アスラン、別にそんなに……」

「心配しないで居られるか!!」



流石に大人が哀れになって助けに入ったキラだが、彼の言葉はアスランの怒鳴り声にかき消された。大人2人はどうしてそんなに心配できるんだ、と思うがアスランとしては居てもたっても居られないらしく落ち着き無く手を動かしている。其の手の動きが、モビルスーツを発進させる動きに見えたのは気のせいだろうか。



「ラクスといるから不安なんだ。キラは知らないだろうけど、ラクスは魚肉ソーセージを其のまま動物の腸に戻そうとしたんだぞ!?」

「……何が言いたいか分らないよ……」



それ以前にラクスが何をしたかったのか其の意図が分らない。しかしアスランは其の言葉を吐いて更に不安になったのかあらぬ事まで想像し始めた。ぶつぶつ言っている其の言葉は不穏極まりない。



「もしもがラクスのような変な料理を覚えたら如何する気だそもそもは料理どころかキッチンに入った事もないしお茶すら入れたことも無いのに料理だなんてしかも今日はバレンタインじゃないか誰に上げる気なんだもし俺以外だったらナイフ戦でもモビルスーツ戦でも絶対に負けない……」

「……アスラン、大丈夫?」



架空の敵に挑むように手が、操縦管を弄っている動きをし始めた。相当壊れているなぁと思った所で、キッチンから可愛い声が聞こえてきた。しかしその内容もどこか恐怖を覚えるものだ。しかし中で料理をしているラクスもも気づいていないようでいたって楽しそうだ。



『ラクス姉さま、湯煎って何ですか?』

『あら、。お湯を其のまま注げばいいのですわ』



どこら辺がどういいんだよ。
明らかに間違った事が行われているのに2人とも知らない為に其のままチョコが作られているようだ。食べさせられる男性陣はそろって不安に襲われた。そんな中、アスランがふらっと立ち上がる。其の手には何処から取り出したのかフリルのついたエプロンが握られている。



「アスラン、何処に行く気?」

に料理なんて危険な事をやらせるわけには行かない」



明らかに似合わないエプロン片手に手伝いに行くと言ったアスランにキラは呆れて言葉を失い、代わりにムゥがアスランの行く手を塞いだ。しかしアスランの眼は据わりきっていて、ムゥの背筋に冷たいものが走る。引きつる口元でどうにかムゥは笑って見せた。



「まぁまぁ、ちゃんだって女の子なんだから」

「料理くらい出来んといかんだろ」



其の横からバルトフェルドが同意し、無理矢理アスランを座らせた。不機嫌に長い足を組み、アスランはさも当たり前だというふうに目の前の男達を見つめて、言い放った。



「いいんです。はザラ家の娘ですから、家事は一切メイドが」

「メイド!?」



どこか時代とか場所とかを間違えちゃった発言に大人たちは目を見開いて言葉を失った。このご時勢にマジでメイドとかを聞くとは思わなかった。彼女たちは主な生息地は秋葉原だとばかり思っていたが、そんな事はなかったらしい。其の事実を知っているキラは困ったように親友を見やる。



だって女の子なんだし、料理とか興味があるんだよ」

「しかし火だぞ?」

「今までだっておばさんが居ないときとかもあったでしょ」



母親が不在の多かったザラ家では夕食を2人でとることも多かった。もちろんキラの家に世話になる事もあったのだが、プラントに移ってからは2人だけのときが多かったはずだ。
そういうが、しかしアスランはキラの想像も超えるようなことを呆れたような口調で言い放った。



「全部俺がやっていたから、を火に近づけていない」

「………」



流石のキラも言葉を失った。お茶を入れることすらやらせないらしいアスランなのだから、このくらいは予想しておくべきだった。リビングが沈黙に包まれると、やけに大きくキッチンの声が聞こえてくる。



『ラクス姉さま、チョコが固まりませんよ』

『あら、それでは此れを入れましょう』

『何ですか?』

『何かしら。えーっと、寒天ですって』

『固まるんですか?』

『ところてんは固まってるでしょう?』

『そうですね!』



聞いてはいけない会話だったのかもしれない。此れを食べさせられる我が身を想像してリビングの温度が2度ほど下がった。多分、直にチョコにお湯を注ぎ、固まらないからと寒天を投入……。其の現場を想像して、男性陣は何故この場にマリューさんが居ないのか涙した。



「……マリューさん、何処行ったと思う」

「買い物に行って来いって言ったの、俺だから」



ポツリとしたバルトフェルドの呟きにムゥが罪悪感たっぷりに答えた。なんともいえない沈黙が支配した。



「そういえば」

「ん?」

ちゃんは誰にチョコをあげる気なんだろうな」



起死回生とばかりにムゥが話題を変えるが、其れは失敗に終わったらしい。皆が思い思いに考えて、その結果に顔を真っ青に染める。特に、アスランは一度顔を真っ青にしてから赤くし、それから紫に変化した。一体何を考えているかが容易には分らない。親友のキラにすら読み取る事が出来なかった。
しかしアスランは回答をぶつぶつ口に出す。



「シンか…レイか…。いや、此処はやっぱり俺だろうな。何て言ったって兄だから。……もしハイネ辺りだったら首でも絞めるか、戦闘中に後ろから撃ってやる……」



なんとも卑怯な作戦だ。段々壊れていくアスランの姿に誰もが駄目だと思いながら、只ひたすらチョコが完成してこの凍結した瞬間が彼女の笑顔によって解凍されることを祈った。











それから1時間後、ピンクの可愛らしいエプロンに身を包んだ天使がキッチンからぴょこんと顔を覗かせた。エプロンを外しもせずに、真っ先にぶつぶつと念仏でも唱えるかの如くに恨み言を連ねている兄に後ろから抱きつく。



「兄様!」





彼女の可愛らしい声と自分と良く似た濃紺の髪がアスランの首筋を擽り、アスランは柔らかい笑みを浮かべて愛しい少女の名を呼んだ。傍から見れば立派にバカップルだが、如何見ても外見がそっくりなのでどちらかと言うと双子に見える。の甘い匂いがアスランの鼻腔を擽り、アスランは苦笑を漏らして振り返った。彼女の頬についているチョコに又笑って、指を伸ばした。



「チョコがついてるぞ」

「あら。ありがとうございます」



指で拭うと、は照れたようなはにかんだ笑みを漏らし、其の笑顔にまたアスランは笑ってチョコのついた指をぺろりと舐めた。元々甘いものは得意ではないのだが、このチョコは妙に甘くてまずかった。抱きついたままで居るを抱き上げて、自分の足の間に座らせた。チョコの甘い匂いのする彼女の首筋に頬を寄せて、囁く。



「チョコは上手く出来たか?」

「はい。兄様食べてくれますか?」



やっぱり自分宛のチョコだった。歓喜に叫びだしそうになるのを堪えて、アスランは爽やかに笑って見せた。周りの男性陣はやや悔しそうに項垂れているが、食べなくて良かったかもしれないという気もする。
に続いて出てきたラクスが其の光景を見て苦笑を漏らした。



「皆様にはわたくしもチョコを用意してますのよ?」

と同じものを!?」

「もちろん。食べてくださいますわよね?」

「「「……食べさせていただきます……」」」



可愛い微笑のはずなのに何故か背筋に寒気が端って、男性陣は揃って項垂れた。其の返事にラクスはにっこりと笑み、次いで全く聞いていなかったアスランに視線を移した。しかしアスランは妹といちゃつくのに一生懸命で聞いていない。



「もちろん、アスランもですのよ」

「……え?」

「ちょこ、食べてくださいますわよね?」



眼で、あくまで婚約者のチョコだと言っているラクスに一瞬アスランはたじろいだ。しかし下からはが「食べないの?」とでも言いたげに可愛らしいエメラルドグリーンの大きな瞳で見上げてくる。答えに困窮して、アスランは小声で呟いた。



「……俺は、のがあるし……」

「食べて、くれますわよね?」

「……はい……」



結局、揃って得体の知れない原型はチョコだったものを食べさせられる事になった男性陣は、マリューがまともなチョコを買ってきてくれることを節に祈った。
しかし、彼女が買ってきたのは本命一本だけだった。




-fin-

……お疲れ様でした。
季節はずれにバレンタインです。
リクエストありがとうございました。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送